けもの

「ヒドい」「よく言った」と賛否!とある家に貼られた、愛犬家への『警告文』

ある男性が自分の家の敷地で周辺に向け、ひとつの貼り紙を出したそうです。

その内容はというと、近隣の飼い犬達がそこで糞尿を撒き散らす事に耐えかねていて、もしそれが発覚した場合は木刀で犬の頭を割って撲殺すると宣言するものであった事が、話題になっています。

追伸において、この男性は以前に何かの研究室で、犬・うさぎ等の小動物をゴミ袋で処分する事についても長じている、という脅迫的内容も告知すると言う念の入れようだったそうです。

散歩の最中、他人様の敷地内に飼い犬の糞尿を撒き散らすばかりか、それを放置する飼い主の行為に、我慢なら無い男性の思い余った警告だと思いますが…しかし犬を飼っている自分のような立場の者でも、この方の言い分を全否定する事は出来ませんし、むしろ共感すら感じてしまいます。

糞尿の処置は人にとって日常であると同時に、人間集団の営みの中ではとりわけ高度にそのルールを守る必要のある行為だと言う事に誰も異論は無いでしょう。平たく言いますと排泄行為はトイレでのみ許されていると言う事…

そして人に飼われた犬達は例外だろうという考えが、どこかで肯定されたことなど一度も無いにも関わらず、その事は世間において、「ワンちゃんのウンチは拾って持ち帰る」というようなざっくりしたマナー、あるいはそういうふんわりした概念で包まれたまま、白々しさと共に放置されているのが現況だと思うのです。

往来ですれ違う際、不快な声でワンワンキャンキャンと吠えたり唸ったりする事や、後脚で立ち上がって気軽に前足を人にかけようとする事…飼い主のリードを常に最大の張力で引っ張り、場合によっては相手を襲うような仕草を見せる事…このような全ての行為を躾で未然に防ぐこと等も「マナー」の範疇に入ってしまっているふしがあるかもしれない、というのも大きな問題だと思います。

もしも人間の子供が生命を尊重出来ない観念で12~3歳まで育ってしまって、世間様に迷惑をかけるに至った時、そういう「躾」が欠落していた親に対して「マナー」がなっていないという表現で済ませられるものではありません。

しかしペット動物に関しては、なんでも「マナー」という、あたかも寛容性があるかのような表現でお茶を濁されている事が、ペットを飼わない人との摩擦を生む要因になっていると考えられるのではないでしょうか。

「子供嫌い」の人にも「犬嫌い」の人にも、必ずその発端となる経験や出来事があったと考えるのが妥当です。子供を嫌う為には実際に子供と触れ合う以外に、それを経験する事は出来ませんし、犬を嫌いになるのもそれは犬が関係する出来事からしかそうはならないのは、当たり前なのです。

つまり発端は犬の飼い主に原因の100%があると考える事に、不都合も無ければこじつけも無いと考えて間違いはありません。

そこで犬の躾が出来ていない人たちに一言申し上げたいのは…もう取り返しがつかないほど、犬等の飼い主とそうでない人は双方に分かれてしまっていて、寛容の無さすぎるルールが増殖しつつあるかも知れません。自分の犬の躾を直ぐに全力投球で行うか、それが出来そうにないのに犬を買い求めようとする考えを改めるか、どちらかにするべきだということなのです。

自分の犬が体重3キロであるが故に、抱き上げて制止する事で全てを誤魔化せると勘違いしている飼い主の方々、犬に癒しを求めるのみに終始している方、犬に完全依存している方、皆さんにも同じ提言をしたいと思います。

人間社会において、生命を全く尊重しない猟奇殺人が起こった時、その被疑者を「サイコパス」「悪魔」「獣」という形容詞で飾るような報道はよく見られます。私たちが家族として愛しんでいるものは、その深い意味は違えども同じ漢字を当てられた「獣」であるわけです。

すくなくとも「ケモノ」とは後ろ指さされないような躾を犬に与えてあげましょう…彼らのためにも。

最後に犬の撲殺を宣言した男性に一言…

人にも犬にも失敗はあります。そこに偏狭な判断で反社会行為に及ぼうとなさるなら、此方も戦う事になります。少なくともあなたのように木刀を持ち出すような「ケモノ」まがいの行為はいたしませんが、あなた様にとっても、相当面倒な事態に追い込まれる覚悟をしておきなさいと、警告しておきます。

●城代トシフミ

 

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